いつもお読みいただきありがとうございます
オナコラ.comのK子です。
上級ウェブ解析士のレポートと明日からの社員旅行(*´∀`*)
の準備に追われてたときにふと思ったのですが。
「そういえば、中国のオナニーのネタ書いてなかったな」と
(↑完全に文脈を無視した発想ですね。ある意味自分の発想力に敬服します)
というわけで、今日は中国のオナニーの歴史について調べてみました!
現代において「オナニーグッズ」という言葉を聞くと、皆様は何を思い浮かべますか?
男女差別みたいだったら申し訳ないのですが、K子がぱっと思いつくのは
「オナニーホール」です。
名前的にもすぐ連想できますし、
オナニーの話題とかも頻繁にしていらっしゃるので
「オナニー→男性→男性がオナニーの時に使うグッズ=オナホール」
という連想が成り立ってしまいます。
でも中国の唐の時代にはオナホはありません(`・ω・´)
なので↑上記のK子のような推理をした読者様ははずれです。
当時中国でメジャーだったオナニーグッズはバイブです
なのでオナニーグッズ=女性が使うものという考え方が主流だったと考えられます。
中国で生産されて、奈良時代に日本にも”輸入”されたといわれているバイブ。
当然奈良時代(中国は当時唐ですね)の段階では現在と同じように
女性の性欲を解消するための道具
として輸入されました。
日本でも天皇の相手をしてもらえない宮中のお妃様の間で使われたそうですが
当時の唐は日本なんてものではないです。
唐の全盛期は飛鳥時代の600年代ともいわれていますが
ちょうど奈良時代が始まった700年代前半も
9代皇帝の玄宗が活躍し、安定していた時代でした。
(玄宗が行った政策の中で最も有名なのは、現在の日本の公務員試験の前身である科挙、ですね。
前半は良い政治をしていた政治家なのですが、楊貴妃を愛して国を傾かせたことで有名です。)
当然お妃様も3000人規模でいたといわれているので
相手にしてもらえない人は半年以上相手にされないというのもざらでしょう
(こんなにいたらむしろ存在忘れられそうだ!)
でもそもそもこのバイブ、中国で儒教が定着する前から
として当時は神聖なものとして使われていたそうなのです。
今現在のバイブをこの話のあとに眺めてみているのですが…面影はどこに!
次回からは日本のバイブの歴史にも触れていきたいなと思います
追伸:サムネイルの画像がね、最近エロく見えてしまうんです。
どうしたらいいでしょう